… 現在の債務残高比率は、第二次世界大戦末期の200%近い水準に近づいている。岩本氏は、このことから、第一次石油危機以降の景気対策を戦争に喩えた。

しかし、ここで注意すべきは、債務残高そのものではなく、その国民所得に対する比率を見ている点である。比率である以上、分子の債務残高だけでなく、分母の国民所得の動向も、当然その数値を大きく左右する。

そこで、内訳を見るため、同比率の各年の変化(対数変化率、%)を、分母の国民所得の変化と、分子の債務残高の変化に分解してみた。

これを見ると、債務残高そのものの90年代以降の伸び率は、実は歴史的にみてそれほど高い水準にあるわけではないことが分かる。実際、下表に見られるとおり、90年代以降の債務残高の平均伸び率は80年代とほとんど変わらず、30%を超えている1938-44年の水準はもちろん、15%を超えていた高度成長期の半分強の水準に過ぎない。

従って、債務残高を90年代以降に増やした要因は、むしろ、名目GDP伸び率が零コンマの値にまで落ち込んでしまったことにあると言えよう。

残念ながら、岩本氏のエントリは、現状で債務を縮小するか、さもなくば第二次大戦後のようなハイパーインフレか、の二者択一を迫る調子で書かれており、せっかく長期のデータを作成・提示しているにも関わらず、それを仔細に見て、他の可能性を冷静に検討するという姿勢に欠けているように思われる。

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景気対策と戦争との違い - himaginaryの日記

相変わらず鋭いデータリテラシーで専門家の矛盾を指摘するhimaginary氏の必読エントリである。 今回のターゲットは財政政策が専門の岩本康志氏である。その道の専門家としては、この指摘は的確なだけにちょっと痛いな。

先日の大竹文雄氏へのツッコミ (http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090731/minimun_wage_hike_gain_loss) もそうだが、端から見る限りはとても面白いのだが、こういう匿名の鋭い知性の持ち主がネットに存在しているとなると、名前を晒している専門家の皆さんにとっては、かなり脅威だろう。これはある種のワンサイドゲームである。つまり、ある種の公共心から専門家がブログで自分の考えを表明した後で、的確なツッコミが入る。そのツッコミ通りに自分の考えが間違っていると自分の名前にいくらかの傷が付く、ツッコミを論駁できても相手は匿名なので自分のカウントにはならない。だから、ブログでは自分の考えを積極的に表明しない、というインセンティブを持つことになりがちだな。これは、専門家にとっては、匿名のおバカより匿名の才走る知性のほうがヒットマンとして脅威であるということだ。

リテラシーの低い人間がネットにいても「残念な日本のWeb」になるし、賢い人でも匿名で専門家をツッコムと専門家がネットで表現しなくなり「残念な日本のWeb」になるという矛盾である。

(via kashino)

だからこそ、twitterはそこらへんをゆるやかに超えられる強さがある気もする。140字制限は結果的に偉大だみたいな。

(via tsuda) (via kuenishi)

(via otsune) (via kml)